日本におけるキリスト教

Facebookの我が家のクリスマスディナーに関する投稿をきっかけとして、同期同窓の方より日本におけるキリスト教とクリスチャンについて問題提起がありました。
それについて「!!!」となりましたので本記事では、私のキリスト教感について詳述させていただきます。

日本のクリスチャン比率は如何なる時も1%を超えないのは何故か?

日本のクリスチャン比率は如何なる時も1%を超えないのは何故でしょうか。
韓国、シンガポールでは信者人口比率は20%を超えているのに。

この問題については中学生の頃から考え続けています。

キリスト教布教者たちからみれば、日本への布教の最適時期、最大チャンスは3回ありました。

1度目は勿論、織田信長政権の時です。

鉄砲に使う硝石確保のため、信長は生来の新し物好きもあって、宣教師による硝石輸入ルートを確保のため、宣教師たちを優遇保護。
この時期クリスチャンは爆発的に増えました。

秀吉による伴天連禁圧政策が出て、徳川政権に継承され、以降日本ではクリスチャンブームは二度と来ませんでした。

2度目は、明治維新。

主として大英帝国による体制変革により政権を取らせてもらった薩長土肥政権はキリシタン禁圧政策を放棄せざるを得ませんでした。
同志社大学をはじめとするキリスト教系学校は続々と誕生、明治政府は欧米列強に対して「徳川幕府と違い日本はキリスト教に対してオープン寛容である。」というメッセージ発信に努めました。
それでも信者の数は0.1%~1%。

3度めの最大のチャンスは、太平洋戦争大敗。

GHQの進駐と厳格なクリスチャンファミリーに育ったマッカーサーの使命感溢れる施策

・ICU国際キリスト教大学の創設
・使命と熱情に燃える10000人以上の宣教師の派遣
・15万冊以上の聖書を寄贈
・次期天皇たる皇太子の家庭教師にヴァイニング夫人というクエーカー教徒としてのクリスチャンを充てた。

普通の国ならばこの時点でキリスト教が国教となっても不思議ではない。

日本史上、宣教師たちにとっては最大チャンスでした。でも信者数は微増に留まり、神と呼ばれたマッカーサーは宗教的敗北感と共に、この国を去りました。

日本人とキリスト教

これに関する文献は書棚に何冊もありますが、未だに良くわかりません。年末にかけて「キリスト教と日本人」 副題 なぜ日本人の99%はキリスト教を信じないのか 石川 明人 ちくま書房を読んでみます。

私自身のキリスト教との関わりは中学2年生の頃からです。
ある日カトリック系教団による
「18時 外人神父の中学生向け英会話教室 無料」
「19時 中学生のための、優しい聖書勉強会」
という看板を見つけ、英語が大好きだった私は親に「行きたい」と言いました。
母は「お父さんと話すから明日まで待ちなさい。」

その夜、父母の間で激論が交わされた様です。
先祖代々の浄土真宗西本願寺派の父は激怒していた様ですが、母は「選ぶのはあの子自身。お父さんがやめろと言ったら余計黙って行きますよ。入信するならそれは運命です。」
先祖代々の曹洞宗だった母は父を諭しました。

それからしばらくは英会話のみで帰ってきましたが、次第に空気を読まない私も帰りにくくなり、「聖書勉強会」にも出る様になりました。

ある時「益岡 徹」というクラスメートで毒舌家の男が、私が「聖書勉強会」に行っていると聞きつけ、こう言いました。

「仏教よりキリスト教の方が、クリスチャンの方がハイカラでオシャレだから通い出したんだろ?そういうの、ミーハーと言って本当に真面目な信徒は迷惑らしいよ。」
「要するにオマエのきっかけは低次元だよ。」

イヤミたっぷりで嘲笑されました。

アタマの後ろをガツンとやられた感じでしばらく行かなくなりました。でも英会話は続けたかったのでまた行くようになりました。でも聖書の物語は好きですが、神父の説明、解説がストンと落ちない。今風に言えば「腹落ちしない。」のです。

そして12月になり神父様から、神奈川県立音楽堂で「メサイヤ」の無料コンサートがあるから行くことを勧められ、1人で行きました。衝撃を受けました。なんて素晴らしいんだ。神秘的で壮大、一番のComfort ye から没入します。

翌月のお年玉でLPを購入。毎夜聴いてハマりまくり。

そして遂に決心しました。救世主を表現したメサイヤが素晴らしいということはキリスト教も感動的に素晴らしいに違いない!と確信するに至ったのです。入信を決意し、尊敬する担任の先生にして私が英会話教室に通っていることを熟知していた英語教師に報告しました。牧園先生は私の話を聴き終わり、静かに次の点を諭してくれました。

 ①宗教芸術とくにキリスト教の生んだ音楽、絵画、建築は素晴らしい。先生も心から好きだ。
 ②しかし、これらはキリスト教を勧誘するための道具、装置であって、テレビで言えば広告宣伝の様なもの。または包装紙の様なものであって中味ではない。
 ③君がキリスト教に興味関心があって、聖書を勉強することはとても良いことだ。とくに英語を学び将来キリスト教徒の外国人たちと交際する時には必須の教養だ。もっと勉強しなさい。
 ④そして、聖書に書いてあること、キリスト教の教えに君が100%に近く納得、共感したらその時に洗礼を受けたらどうか?
 ⑤今の君は、中味をよく見ないで知らないで、包装紙が綺麗だから、テレビの宣伝の歌が良いから買う様なものだ。宗教というのは高い、とても高額な商品だと思いなさい。

 今思えば、私の人生の岐路ではいつも恩師、恩人が正しく導いてくれました。実にありがたいことです。

 中学を卒業するまで私は18時からの外人神父の英会話教室と19時からの聖書勉強会に通い続けました。聖書の内容とくにキリストの為した数々の奇跡、十字架上で絶命した後の復活について違和感はどうしても拭えず、例え話ならばともかく、神父が夢中になって話し、語れば語る程、心は冷えていきました。

 神奈川県立外語高校に進み、そこでも聖書の研究を熱心に勧められましたが、私にとって聖書のストーリーは英語のベースとなる聖書上の故事来歴文献になっていきました。

 歴史に没頭し、
 ①カトリックとプロテスタントで凄惨な殺し合いをしたこと
 ②布教の名の下に中南米で先住民の殺戮を神の名において行ったこと
 ③聖職者にも腐敗している層が多いこと
 ④ユダヤ教、キリスト教、イスラム教も信仰の対象は唯一絶対神であり、同根であること
 ⑤宗教教団は、仏教も含めて次々に分派ができること

 とくに④⑤を知るに及び所詮宗教教団は人間が作ったものであり、神または教祖の名を語る弟子、弟子の弟子、そのまた弟子の数だけ教団の数は増殖し続けることを知るに及び、
私は次の結論に達しました。

「神の存在は信じる。神がいなければ説明がつかないことが多過ぎるから。しかし特定の宗教、特定の人間が神またはそれに準ずる存在を語ることは情報としては取り入れるがそれだけ。信仰の対象にはしない。

この確信に到達し現在に至っています。

日本でキリスト教信徒が全人口の1%を超えない理由

おそらく無意識であると、確信であるとにかかわらず多くの日本人の頭の中は私と同様なのではないかと推定しています。

 我々は宗教的行事、慣習は受け入れます。そして多くの人は、神社に行き、お寺に参詣し、クリスマスを祝い、神式またはキリスト教式で結婚式を挙げ、仏式で葬儀を行う。

 これらは宗教的行事であって、宗教そのものではありません。神仏習合思想のおかげで、陰惨な宗教戦争から解放された日本民族が継承する偉大な文化文明であると伊沢元彦氏は喝破していますが、私も深く同意して、誇りに思う次第です。
 多くの日本人は特定の宗教を排他的に信じることはせず、複合的立体的に捉えるのです。

 長文にお付き合いいただきありがとうございました。

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